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競走部  選手コメント/箱根駅伝

 
1区 横手健主将(政経4=作新学院) 区間2位 1時間1分44秒
 「ちょっと思ってもない順位でまさか自分の代でこんなことになるとは思ってもいなかったので、今まで応援してくださった多くの方々に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
(2年連続の1区)12月の合宿を終えて1区か4区って話だったので、それなら1区って自分から言いました。(レース展開を振り返って)自分としては10kmを28分40〜50で通過してほしいって思っていたんですけれども、スローペースになると思っていたのであの展開は意外でした。結果的には自分にはよかったです。久保田選手(青学大)の調子が悪いって聞いていたので、正直自分が六郷橋下り終わったあたりで仕掛けようかなって思っていたんですが、あそこで飛び出されるのは想定外でしたし、それまでに足が絡んだりして結構ダメージがきていたのでそういうのもたたって付くだけでもきつかったです。疲労性でお腹下していたのがひどくなって29日に二時脱水症状で病院に行ったので、それで足が固まったのもあるのかなと思います。走れないかもしれないっていうのはなかったんですけれど、エントリーを最初外れたのはもしかしてってことを考慮してです。ここまでの過程を考えれば個人のタイム的にはしょうがない部分もあるんですが、1位と20秒差をつけられてしまった結果を見れば完敗だったって部分でかなり悔しい思いが残ります。
(往路終わった後に復路の選手に何か声を掛けたか)終わった直後はなかったんですが、次の日の朝に区間回って声を掛けていました。みんなに同じことを言ったんですけれど、とりあえず5分40秒差だからきついかもしれないけど諦めずできる限りの走りをしようと。
(往路の結果は)そもそもシード争いすることになるとは全く思ってなかったです。チームももはや動揺を通り越してました。
(この結果の最大の要因は)ケガもそうでしたけれど、間違いなく3区に関しては11番目の選手が走ったほうが速かった状況でしたし、西監督は選手をかばってああ言ったんですけれど、当日の朝坂口(裕之・政経1=諫早)に確認して坂口が行けるって言ったんで送り出したんですし、坂口まだ1年生なので厳しい言い方にはなるんですけど、もう少し自分でしっかり判断できていればと思います。結果論なので何も言えないんですけれど、本人が行けるっていうならそれを信じて待つしかできないですし、ただ行けるって言ったにも関わらずダメージが出てしまってこういう結果になってしまったっていうのは、彼が今後競技を続けていく上でしっかり向き合わなくてはならないものだと思います。
(下級生の危機感の欠如は)もうちょっと自分がしっかり言っていれば避けられた自体かもしれないんですが、結局は自分がやることじゃなくて3年生以下の本人たちがやることなので。もうちょっと危機感というか、貪欲にやっていって言ってほしいですね。危機感が足りなかったからこうなったんだと思います。
結果として出てしまった以上自分の力が足りなかったんだと思いますし、本当にいろんな方に申し訳ないです。
(来年は予選会からのスタートとなる後輩に)やっぱり自分たちが今一番やるべきことは何なのかということを念頭に置いて、私生活や食事であったり、そういったことが全て競技につながってるってことをもっと意識して取り組んでいってほしいと思います」

2区 木村慎(商4=浜松日体) 区間6位 1時間8分33秒
 「やっぱりシード権を取りたかった。最後自分の代で落としてしまって、伝統を作ってくれた先輩方に本当に申し訳ない。個人は横手が良いところで持ってきてくれたのに、目標であった(1時間)7分台に届かなかった。そこがあまり良くなかった。走る前から横手と自分で明治をできるだけ上にあげておこうと話していた。その中で横手が良いところで持ってきてくれて感動した。自分もやってやろうと思った。周りも強い人がたくさんいて、後ろから西さん(西弘美駅伝監督)の指示も飛んでいた。その指示に答えて落ち着いて走った。でも周りのエースに競り負けてしまった。今後この経験を生かして次のステージで勝負したい。(西さんからの指示とは)去年の大六野さん(秀畝選手・平27政経卒)の通過タイムと比べて何秒早いぞ、とか後ろから誰々来ているぞ、とか。ニャイロ(山梨学大)と服部(東洋大)が来たときは服部についていこうと思った。でも少ししかつけなかった。大六野さんは(1時間)7分58秒で走っていたので、それくらいはいきたかった。10kmまではレースプラン通りだった。それから思いのほか上がらなかった。後半の3kmが正念場だったと色んな人から聞いていたので、そこでスパートできるように余力を残しながら後半に向けて走っていた。ラスト3kmにビビりすぎて、中盤追い込めなかった。(最後の箱根だが)最終学年になって少しずつ駅伝で活躍できるようになった。入学当初本当に弱かった自分を応援してくれた人たちに感謝の気持ちを込めて恩返しできたらいいなと思っていた。まだまだ恩返しし切れていなくて悔しい。引退して卒業してからでも少しずつ、明治の名を背負って活躍したい。もっと強くならなければいけない。無名だった自分をここまで強くしてもらったので、西さん、山本(豪)コーチ、松本先生(穣前部長)には本当に感謝している。いろんな人に応援された4年間だった」

4区 江頭賢太郎(商3=浜松日体) 区間6位 56分10秒
 「悔しいという気持ちよりは来年の予選会で何としても突破しなきゃいけないなって気持ちが強い。これで箱根は2回目だけど、1回目は急に10区を走ることになって緊張や興奮があり、あまり冷静で走る感じではなかった。でも今回は箱根に向け着々と準備して、走るべくして走った感じだったので、その点では落ち着けて箱根の本当の雰囲気とか感じ取れた。走る前に前とかなり差があったので、追いつけないにしても差をかなり詰めて籔下(響大・営3=須磨学園)に届けなければならないって気持ちはあったのに、結局そんなに詰められず順位も上げられなかったので籔下には本当に申し訳なかった。西さんが後ろから付いてきて、襷をかける時から『あまり気にせず落ち着いていけ』って監督車から聞こえてその点では落ちつて入れた。でも焦りはなかったけど、落ちついていると言うよりは前半ペースが上がらなかった。逆に東海大に抜かれて付いていけたことで自分の走りができるようにはなったけど。今年6人4年生が走っているので危機感はありますが、まだまだ故障者も多くて、これから伸びてくる選手も多いとも思う。でもこのままではまだ故障者が多いので、僕らが引っ張ってチームの体質を改善し良い方向に変えていきたい。3区の坂口にしろ5区の籔下にしろ今回は実力不足というよりは、調整の失敗や試合にしっかり合わせられなかったところが大きい。でもこの失敗は次に生きてくるので、次からあの2人に関してはああいうことはないと思し、それなら問題ない。その2人はもともと体調には気を使っていて、ちょっとした体調不良などは避けられないところもある。あんまり体調や故障に気を遣い過ぎると逆に練習が積めなくなってしまう。だから守りに入らずこれからも攻めの姿勢でやっていくことが大切。(自身の今年を振り返って)今年は主力として数えられるようになってきたとはいえ、まだ準主力の区間で区間6位とかなので、良くも悪くもない無難な走りしかしていない。それではチームのエースとしては走っていけない。どの駅伝にしても区間賞や区間3番以内などチームに勢いを与えられる走りができなかったし、そういう走りが一つでもあればよかった。だから今年は粘りが足りないと個人的に思うので、走り込んでいきたい。チームとしても個人個人の意識の差が大きいと思うが、逆に予選会から走ることでいろんな人に箱根につながるチャンスが生まれた。だから今は故障者とか全然メンバーに絡んでこない人も意識が変わってより良くなるかもしれない。上を伸ばすというよりは下の底上げ。そしてよりチーム一丸となってやっていきたい。今は僕の代でいえば僕と吉田楓(営3=東海大山形)と籔下が戦力として数えられていて、あとは故障中だが射場(雄太朗・政経3=大阪府私立明星)くらいしかいない。2年は末次(慶太・理工2=西京)や皆浦(巧・情コミ2=豊川)かな。森(晃希・営2=倉敷)、磯口(晋平・商2=西脇工)にしても故障なく走っていけばもっともっと伸びてくる選手。今の1年は坂口や田中(龍太・法1=鹿児島実)、竹山(直宏・法1=国学院久我山)、東島(清純・営1=米子松陰)あたりが今回メンバー入りして雰囲気というものが分かったと思うので、しっかり次に生かしてほしい。新入生に期待するのは少し情けないので、今いる選手で駅伝チームが作れるくらいの底上げができれば」

5区 籔下響大(営3=須磨学園) 区間20位 1時間29分27秒
 「5区を走った僕のブレーキが敗因です。本当に申し訳なくて、みんなにごめんなさいという気持ちでいっぱいで。ただ、4年生たちにすみませんすみませんと言ってもどうしようもなくて。本当に、走り終わってどうしようもない気持ちだったんですけど、コーチや監督、4年生からもすごい声掛けてもらって、悔んでたりしても仕方ないんですけど、今の自分の状態をしっかりと見つめなおして、来年、次は予選会で絶対に箱根の出場権を獲得して、もう一度ここに戻ってきて、今回の5区の借りを返したいと思います」

6区 小川誉高(政経4=須磨学園) 区間13位 1時間1分11秒
 「下りに関しては自分でも思ってたより走れたんですけど、ラスト3キロになったときにまさかこんなにきついとは思わなくて、足が止まっちゃって前と差が空いてしまったのが心残り。
(6区を告げられたのは)1週間ほど前田中が風邪をひいた後に、もしかしたら使うかもしれないと西さんに。正式に言われたのが2日の晩。調子は良かったのでどこでも行ける準備はしてたんですけど、実際には3区の話もあったりしてたので何とかなるかなとは思っていました。急な6区で動揺とか緊張はもちろんありました。ただ下りはひたすら下ることしかできないので、ためるということができないので、もう今日で引退するつもりなのでもう足がボロボロになってもいいから全力を使い切ろうと思いました。
(序盤かなり飛ばしたのは)今まであんなに飛ばしたことはなかったです。しっかりイーブンペースで押していくことが自分のスタイルだったんですけど、今日はそんなことは言ってられないと。下りでペースを抑えたとしてもどっちにしても足にはくるので、それだったら速く走った方がいいかなと。(対策は)足の裏にワセリンを塗ればいいというのは聞いていたんですけど、持ってきてもらったワセリンが少ししかなくて、それだったら塗らないでおこうと。足の裏は大丈夫でした。
(籔下は)僕の高校の後輩だったんですけど、入った当初は本当に走れてなかったんですけど、おととしの夏くらいから練習できるようになって今年度はチームの主力としても活躍するようになって。そういうのを見ると、齋田(直輝・文4=伊賀白鳳)にしても籔下にしても下から上がってきた選手を見ながら目標にしてやってほしいと思う。(往路の後は)僕は慰めるというか笑い飛ばす感じだったんですけど、今日もちょっと精神的にやられてたので、5区というのはきつい区間だから、そこを走っただけでもお前は偉いと。結局籔下以外の人が走ったとしてもあれ以上の記録が出るかと言われたら、他に走れる人がいなかったので。結果論でどうこう言うよりも今年度チームを盛り上げてくれた籔下に対しては感謝している。そういうのもあって自分も走らないといけないと思った。今回の6区に関しては棚ぼただったんですけど、走れと言われたからにはしっかり走ろうと思っていました」

7区 牟田祐樹(農4=西武文理) 区間3位 1時間3分59秒
 「駅伝はチームの戦いなので、個人の走りについては特にありません。後輩と西さんにシード権を残せなかったことが悔しいです。誉高(小川)があんなに苦しそうな顔をして走っているのは初めて見たし、急に6区を走ることになったのに突っ込んでいて、気持ちに火が付きました。(序盤から飛ばしたのは)自分でもびっくりするくらいでした。いけるところまでいこうという感じでした。途中で西さんに声を掛けてもらって、苦しいところでもシード権のために頑張れました。駅伝では普段、自分が失敗しないことだけを考えて走っていたのですが、余裕がなかったのか今日は自分のことは考えず、チームのことだけ考えて走りました。自分が成長したのか、状況がそうさせたのか分かりませんが。15kmで足が止まってしまって、1分先にいる早稲田まで何とか追いつきたかったのですが、持たなくて足が重くなってしまいました。復路は4年生が4人いたし、特に復路の4年生はみんなシードを取ろうという気迫を感じました。稜(山田・理工2=九州国際大付)も失速してしまいましたが、突っ込んでいるのを見て、シード権を諦めていないのだと熱くなりました。仲もいいですし、同期に恵まれたと思います」

8区 吉田楓(営3=東海大山形) 区間8位 1時間6分22秒
 「深刻な状況だなと。まさか坂口が。痛いとは言っていたが、まさか区間20位まで落ちるとは思っていなかった。籔下が練習よりも7、8分遅くなるとも思っていなかったからびっくりした。7分なら取り戻せる、だから諦めずに頑張ろうという気持ちだった。でも届かなかった。(牟田からの襷リレー)順位も上がっていて、前の早稲田とも詰まっていて、これはいけるなと思った。15km以降の遊行寺でそこで失速してしまった。早稲田についていければ、結果は変わっていた。非常に悔しい。(予選会からのスタート)4年生が6人も走った。その4年生が抜けると非常に戦力がダウンする。僕も今年から4年生になるんで、しっかりやっていかなければ。練習にもっとどん欲に。今まで横手さんとか木村さんとか見てきて、すごく練習にどん欲だった。そこを見習って15km以降で失速しないようにもう少し距離を踏んでいきたい。泥くさい練習が必要。(今の3年生は)雰囲気は悪いって言われる。でも割とまとまりはあると思う。実力がずば抜けているエースがいない。正直、僕らが1年生の時は谷間世代と呼ばれた。戦力は本当に劣る。(エースへの気持ち)エースはもう正直、坂口。だから4年生としてしっかり出場していきたい。(来年の目標)春先の関東インカレとか個人の大きい大会があるので、そこで上位で走れるようになりたい」

9区 齋田直輝(文4=伊賀白鳳) 区間4位 1時間10分54秒
 「(往路の結果を受けて)17位だったんですけれどヤブ(籔下)は本当によくやってくれたと思いますし、低体温になりながらよく襷をつなげてくれたなあと思います。あの順位は誰も予想していなかったと思います。ただ復路は復路で切り替えてこうって同じ宿舎だった楓(吉田)とは話してました。(スタート前に横手から)攻めの走りをしようってことと、けどやっぱり無謀な入りはするなと。最初2分50で入ってリズムを作って、うまくやっていこうって話をしました。(実際は)最初の5kmはよかったんですけれどそこからが続かなくて。15分20とかかかっちゃって。そこをもうちょっと前半からのリズムをつなげて行けていればよかったんですが。
(合宿の時にあまり調子が良くなかったと聞いたが)調子が良くなったというよりは悪くなる前に戻ったって感じでしたね。合宿の時がすごい悪くて重要な練習をこなせなかったりしたので。けどその練習ができなかったっていうのはやっぱり今日の走りに少しだけ影響しましたね。(9区のエントリーは)西さん的には11月終わりには決まってたと思います。実際に言われたのはエントリー発表の日だったんですけど。設定は70分30秒、西さんからは70分っていわれててそこから50秒遅れちゃったんですけど、その50秒が山田に負担を掛けてしまったのかなと。9区は前半のアップダウンが激しくてリズムを下げないようにしなきゃいけない区間だなと。区間3位と僕のタイム差って50秒くらいあって、やっぱりその1分があったら山田はあんなに無謀な突っ込みをしなくてよかったと思うんです。そういうところで悔いは残りますね。(東海大が追いついたとき)追いつかれる1km手前くらいから東海来てるって言われてその後すぐ追いつかれたときは焦ったんですけど、東海の両角監督が『区間賞ペースだぞ!』って言ってて、襷受け取った時点で東海との差はそんなに無かったはずですし、こいつ区間賞ペースなら俺もそんなに悪い走りじゃないんじゃないか、ついてって終盤引き離せばうまくいくんじゃないかって冷静になれました。最後の方は東海の選手がかなりへばってて、僕もそんなに体力残ってるわけじゃなかったんですけど、うまいこと駆け引きできてって感じでした。
(シードを失った要因は)それぞれが誰かに頼ってしまう弱いところがまだあったからだと思いますし、あとは体調面での失敗もありました。下級生は経験不足が出たのかもしれないです。このくらいの痛みでこのくらい走れるだろうって間違えた判断をしちゃう。
(後輩には)誰かに頼るんじゃなく、自分が変えてやる、流れを作ってやるって気持ちでやっていってほしいです」

10区 山田稜(理工2=九州国際大付) 区間18位 1時間14分58秒
 「レースプランは、あれだけ昨日はシード権外だったので、やるしかないというかつっこむしかないなと思って、最初は区間新の勢いで行こうと思った。2週間前あたりから調子が上がってきたので、最初からつっこんでいって、後半粘る形です。(レースプラン通りだったか)そうですね。最初の1000mを速く入りすぎたことと、自分の考えたレースプラン通りやりたかったけど、暑かったし今回の後半の失速につながったと思っています。(区間18位という結果について)アンカーとして、チームのまとめ役として走らなければならなかったのにふらふらになってしまい、自分がチームの足を引っ張ってしまいました。(アンカーを走ることは)学連記録会が終わった後くらいから、西さんから風にも強いだろうしアンカーでいくか、と言われていて、自分も最後の箱根駅伝なのでアンカー走りたいという気持ちがありました。(アンカーというプレッシャーは)そもそも箱根駅伝が初めてで、20km以上の長い距離をちゃんと走れるかという不安もありましたし、自分がシード権内に入れるかという不安もありました。(走り終わってみて)最後の箱根駅伝なので、悔しいという気持ちもありますが、ここまでやってきたし、調子も良かったし、タイムと結果は悪かったですが、他の選手が走った方が良かったとかいう後悔はしていないです。(今シーズン序盤の故障について)箱根駅伝では、全く完治していたので、大丈夫でした。ただ、夏合宿で距離を踏めなかったことが、今回の失速の一因かなと思います。(箱根の経験を通して後輩にアドバイスは)ここまで練習は上位の方でこなしてこれたし、ポイント練とか。自分はほぼ真面目に取り組んできたが、結果が伴わなかった。だから、ただ練習するだけでなく、自分自身と向き合いながら常に考えながら走ってほしいと思います」

次期主将の射場雄太朗(政経3=大阪府私立明星)
 「大手町での集合の時に言われた。それまでは何も聞いていなくて。自分が主将をつとめるなんて、噂でも聞いていなかった。びっくりした。でも自分がこれまでやってきて、今後こういうチームにしたい、変えていきたい、もっと他にやることがあるんじゃないか、っていうのは日頃から考えていた。なので自分が主将になって、こうしたいっていうのは頭の中である。今回16人メンバーを決めるのも西さんは悩んだ。それは走れる人がたくさんいてじゃなくて、いなくて。自分自身もケガ続きで、こうやって駅伝のメンバーに入ることができていない。またそういう故障者を減らしたい。AチームとBチームでうまくコミュニケーションが取れていない。Bチームの中から上に上がっていけるチーム作りが必要。うまくいったときは、なんでうまくいったか分からないことがある。でも駄目だったときは、原因はすぐに見つかる。なのでシード落ちたっていうのは、はっきりとした原因が見つけられる。そこを、変えていければ。(理想とする主将像)本来ならば、今まで自分が見てきた主将は、競技力があって背中でチームを引っ張っていた。そのキャプテンの背中を見てついていくっていうスタイルだった。自分の場合は競技力が劣っている。その中でも自分はBチームもAチームも経験している。中位層から下位層の経験もしている。上も下も、チーム全体を見ることができる。それが自分の強み。(今後は)新4年生が自覚を持ってチームを引っ張っていかないと、いい組織はできない。下級生に関しては、競技に対して真面目で真摯(しんし)に取り組んでいる人が多い。少しの心がけを変えるだけでもっと走れるようになる。その心がけ、気づきをするサポートをしていきたい」

[競走部担当]

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