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東京六大学野球 2017〜秋〜  (34)リーグ戦後インタビュー 中野速人主将  

 優勝の2文字が儚く消えた。開幕から3カード連続で勝ち点を取るも、慶大戦で失速。自力優勝は消滅し、最終週の早慶戦で慶大に優勝を決められた。チーム打率、防御率はともにリーグ1位と春からの成長は目に見えていたが、栄冠には届かず。春の雪辱は果たせなかった。
 中野速人主将(法4=桐光学園)は春5位からの再出発を図り、チームのために全身全霊をつぎ込んできた。惜しくも優勝には手が届かなかったが、残した功績は大きい。2位に終わった今季、そして自身の4年間を振り返っていただいた。(この取材は10月30日に行われたものです)

――早慶戦の結果待ちとなり、2位に終わりました
悔しさしかないです。もう本当にこれ以上にないってくらい悔しいです。(早慶戦は)食堂で集まって見ている選手もいましたが、自分はもう試合を見るのが辛すぎて、見れなくて。部屋で全く試合は見ずに終盤だけ少し見ました。願って、結果だけ見ようと思って。(決まった瞬間)正直自分が部屋から全く出られなかったので、みんなの顔をまだ全然見られてないです。齊藤(大将投手・政経4=桐光学園)と渋谷(大輔内野手・法4=安田学園)は部屋に来てくれて「ありがとう」と言いにきてくれて、その時は悔しさが滲み出る笑顔になってしまいました。

――東大戦が終わってからの過ごし方が大事だとおっしゃっていた
やることはしっかりやりましたし、あとは運というか、早稲田に頑張ってもらうしかなかったんですけど、慶應の力が勝ってしまったかなという感じですね。(今季の慶大の強さは)この早稲田戦に限らず、自分らの試合の時もそうだし、立教の試合もそうだし、最後の一球を諦めないという勝ちの執着心を強く感じました。立教戦でも2アウト1塁から同点に追い付きましたし、そういうところでチームのまとまりがあって、勝負強さが出たんだと思います。

――悔しい気持ちが一番でしょうか
悔しい気持ちが一番です。慶應戦も勝つことができる試合でしたし、あの一球で、この一球でという感じで本当に一球の違いが勝敗を左右することになってしまったので、そう考えるとやっぱり悔いは残ります。優勝が目前だった分、悔しさも大きいです。春に比べたらチームのまとまりが出てきて、チームの雰囲気も悪くはなかったと思います。春は自分らの足りなかった部分がたくさんあって、勝負以前の問題でしたが、今季は一球の戦いでほんの少しの差が出てしまったから優勝できなかったという感じですね。

――大きかった試合は
慶應の初戦です。3点先制して、そこから齊藤のミスであったり、あと失投で、同点、逆転ホームランを打たれちゃったり、最後は水野(匡貴投手・農4=静岡)も押し出しで、だから本当にあのプレーがあのプレーがっていうのが重なって、負けちゃったなと。あの試合が起点で一気に慶應が目覚めてしまったという感じです。

――慶大戦で流れが変わってしまった
やっぱりチームの中心選手のミスというか、この人がやってはいけないだろうという選手がミスしてチームの柱が傾いてしまった分、相手の勢いも付いてしまったと思います。今まで支えてきてもらった分、周りの選手がやっぱりカバーしなきゃいけないところがカバーしきれなかったという感じですよね。でも十何試合やって全てが上手くいくなんてありえないですし、だからそうやって今までやってきた分を野手も返せなかったというのも負けた原因なのかなと思います。

――春と比べて成長を感じた部分も多くあったと思います
本当に成長はしていると思います。日頃からの取り組みとか、まだまだ完璧ではないですけれど、初めに比べれば勝負に対する向かい方はできていました。

――チーム打率は昨季2割2分1厘から今季は2割9分3厘
春が終わってから、トレーニングして体を鍛えて振り込みもしましたし、あとは本当に勝とうという気持ちは春と比べて強くなっていたと思います。そういうのを含めて打撃の復調につながったと思います。

――春の悔しさはチーム全体で掲げている部分はあったのか
掲げている人は本当に強く掲げていたし、自分は責任や申し訳なさ、情けなさもあったし、どうにかして、今季は勝たなきゃいけないという思いで毎日を過ごしてきていました。

――具体的な夏の練習というのは
一番変えたのは技術的なことよりも体の強化、トレーニング、暑くても走り込んだり、ウエイトしたり、体を作り上げてきたことです。あとは春と比べて学生コーチが打撃の時に打つ方向を決めたり、場面を考えてより実戦に近い想定をしてやるようなことも自発的にやり始めました。そういうのも変わった要因じゃないかと思います。(練習方法は)学生コーチが夜にメニューを組んでくれて、そういうところでも頑張ってやってくれていました。

――夏で他大よりやってきたといえるものは
走り込みって普通は冬にやることだとおもうんですけど、もう暑くて辛い中でも走り込みをやってきたのは他の大学でもないことかなと思います。アップの時にダッシュで50メートル6本とかそういう感じのはありますが、本当にそれとは別でランメニューを入れてやっていました。(今までは)自分がいた3年間でもやっていなくて、今年が初めてです。春から大会直前までやってきていた強化期間と呼んでいましたが、投手も野手も全員でほぼ一緒でやっていました。

――打撃で一番に頑張った選手はどなたでしょうか
みんなコンスタントに打っていますからね(笑)。渡辺(佳明内野手・政経3=横浜)も逢澤(崚介外野手・文3=関西)もあいつらはもともと打つ選手ですし、今季はやっぱり春が全然だめでいつもチャンスで凡退して「だめかあ〜」と思っていた状況から越智(達矢外野手・営3=丹原)は今季大事な場面でヒットを出したり、気持ちが前に出てきたかなと思うので、越智はすごい頑張ったのかなと思います。クリーンアップでプレッシャーかかる中で、あいつは頑張ってくれましたね。

――投手陣は齊藤投手がエースの働きを見せました
あいつに頼りすぎな部分もあったけど、それでも最後まで投げ切ってくれて、ゲームをつくってくれたし、あいつのおかげではありますね。あとは水野の復活も大きかったです。優勝はできなかったけどあいつがここまで投げてくれなかったら、たぶんこの順位もなかったですし、こうやって4年生2人が頑張って投げているのを見て後輩たちも刺激になったと思うので、投手陣は特に来年また頑張ってもらいたいです。

――ブルペン陣の活躍ぶりも頼もしかったです
大事な場面で投げたのは橋(裕也投手・総合3=向上)ですね。あいつはもともと神宮のマウンドに立って緊張して、新人戦でも結果が出なくて今まで足踏みしてた部分がありましたけど、今季は大事な場面で、僅差の試合で投げてやっとこうして頭角を現したと思います。体格がいいわけではないですが、とにかく努力するやつで黙々とやってきて、それがやっとこうして神宮で発揮されて個人的にもうれしいです。あとは石毛(力斗投手・文1=高崎健康福祉大高崎)も大事な場面で投げてくれましたね。

――投手陣全体のまとまりも成長はありましたか
そうですね。俺がやるんだという、俺がいつでも投げてやるぞっていう気持ちでみんなが常にいてくれたと思います。そういう意味では心強い選手がたくさん残るので、このままもっと努力してレベルアップして頑張ってほしいですね。今季投げれなかった選手もいますし、そういう人たちが来年から出てくれなきゃいけないと思うので、期待しながら応援しています。

――橋本大征捕手(総合2=佼成学園)が正捕手に定着しました
2年生で初スタメンマスクを被って、本人には本当にすごいプレッシャーと重圧と疲労度も半端じゃなかったと思います。それでもいっさい弱音を吐くことなく、常に強気でしっかり色んなことを分析して、自分がだめだったときのことも引きずらないで次を見据えながらできるので、そういう姿勢は頼もしかったです。来年どうなるかはわからないですが、今季はあいつで任せられました。足りない部分はまだまだたくさんあると思うので、ストップもバッティングも、今後しっかり練習して来季も頑張ってもらいたいです。

――投打で来季に期待できる結果を残せた
本当にこの1年は良くも悪くもいろんなことがあって、下級生の3年生以下からしたら、見て学ぶものは多かったんじゃないかなと思います。こうしたらああなって、ああしたらこうなるというのがそのまま結果として現れたし、そういう意味では自分らのこういう結果をあいつらのプラスにしてもらうしかないです。

――春は4年生同士の連携が課題とおっしゃっていました
一番変わったのはそこだと思います。夏に4年で集まって腹の底から本音を語り合うみたいなこともやりましたし、試合に出られない4年生が本当にチームのために尽くしてくれて、朝からバッティングピッチャーをやってくれたり、整備も空いている時間があった一生懸命やってくれたし、神宮でも試合前のバッティングピッチャーはずっと4年が投げ続けていたし、過去にそんなことはないと思うので。そういう意味では本当に4年生がチームに対してのアシストだとか、勝ってほしいという気持ちをこのまま行動に出してくれて、だからこそメンバーの4年生も大事な場面でヒットを打ったり、結果を残してくれて、ベンチ外にいる4年生がそういう力を貸してくれたんだなと思います。

――転機は高森キャンプ
やっぱりそうですね。でもそれは監督の愛情かなと思います。やっぱりすごい思いっきりじゃないですか、4年生を返して、キャプテンも返すというのは、前代未聞だと思いますし、でもそこまでして自分らを立て直そうとしてくれた監督自身もそういう選択を取るのは難しかったと思います。そういう気持ちにも選手はちゃんと気づけたと思うし、だからこそこうやってまとめられたと思います。(厳しさを言える人が)みんなそうなってくれたと思います。環境も言いやすくはなりました。目標を確認して、それに向かっていくために、やっぱり言わなきゃいけないことは言いやすくなりました。学生コーチは特に前に出てやってくれるようになったので、心強かったです。

――中野主将自身の変化は
結構「こんなことまでやらなくてもいいだろう」、「そこまで気を遣うのか」と言われることもあったんですけど、自分は「いや、ちゃんとやろう」と言い続けて、今になって考えたらやりすぎた部分もあったとは思います。細かく言い続けられたことで、周りから不満というのはあったのかもしれないですが、最後までしっかり自分についてきてくれたので、それは良かったです。

――リーグ戦期間中で徹底してきたことはありましたか
自分はもう次の代の引継ぎも兼ねて、3年生にはチーム全体に自分の言葉で発せられるようにと言ってきました。チームの中心である渡辺、逢澤、越智だとか、そのあたりのメンバーにはチームに対して色んな発言をしてほしいってことはこのリーグ戦期間中もずっと言いながらやってきました。その分3年生はしっかり自分の意思を持って活躍してくれたんじゃないかなと思います。(変化は)まだまだですけどね(笑)、そういうのが言えるような環境を自分が頑張ってつくるが大前提ですし、このリーグ戦はいろいろとやってきたかなという感じです。

――この時期から引き継ぎを考えた理由は
やっぱり自分の仕事としては「継なぐ」というスローガンも掲げていて、次の代に引き継がないといけないというのも一つの使命なので、3年生にリーダーシップを取らせるのは意識していました。自分らの場合は去年の4年生が中心のチームが全国制覇して、あの4年生中心のままで、ぱっと自分らの代に切り替わってしまったから、少し乗り遅れた部分はあったんじゃないかなと思っていて。自分は主将という立場があるから色んなことをしなきゃいけないですが、他のみんなは急にチームが変わっちゃった分、少し戸惑いがあったと思うので。だから今度はそういったことがないように、始まった瞬間からしっかりしたチームがつくれるように、今の段階から3年生にチーム全体に自分の言葉を発言させるような機会をたくさんつくるようにしました。あとは個人的には選手一人一人と話して、特に3年生にはキャプテンと副主将とか幹部とかどうなるかはまだわかりませんが「ならない人間のほうが多いから、ならない人間が一番大事なんだぞ」と、そういった人間がキャプテン以上にキャプテンらしく振る舞う、行動する、発言するということができてほしいからそういう旨を一人一人には3年生には伝えました。

――主将をやってきて一番苦しかった時期は
1年間全部です。円形脱毛症になったり、ストレス性食道炎という気持ち悪くてすぐ吐きたくなるというようなのにもなりましたね。あとは寝ながら野球の夢しか見ないっていう(笑)。常に練習してたり、怒られてたり、選手と衝突したりするような夢ばかりで、夜もリラックスできずに、何考えてるのかわからないけど、色んなことに悩みながらの毎日でした。これでやっと家で熟睡できるのかなと思いながら(笑)。毎日が本当につらいというか、苦労したというか、大変でした。(楽しかったと感じることは)一番楽しいって感じるのは野球の練習をしているときですね。ノック受けてる時とかバッティングしている時とか、そういうのをやってる時が一番楽しかったです。生活で大変だと野球の楽しさが身に沁みました(笑)。

――弱音を吐くことはあったのでしょうか
学生コーチには結構色んなことを相談したり、あとは副主将の生山(太智内野手・営4=明大中野八王子)とか、色んな相談は乗ってもらいました。やっぱり昨年までは柳さん(裕也選手・平29政経卒・現中日ドラゴンズ)や誠志郎さん(坂本捕手・平28文卒・現阪神タイガース)みたいな絶対的な実力と経歴があったキャプテンで、自分は試合も出てないし、それでいてチームをまとめないといけないから、試合に出てる中心の選手からしたら正直「お前なんかに言われたくねえよ」って思われることもたくさんあったと思います。でも嫌なことはたくさん言っていかないといけなくて、でも本当の意味で嫌われてしまったらチームはばらばらになってしまうし、ついてきてくれないので、言うことはしっかり言わないといけないけど、でもやっぱりその中で自分についてきてもらえるようにしないといけないから、その駆け引きとは結構難しかったです。素直な奴ばっかりではないので、一人一人に対応を変えたり言葉を変えたり、そういうところではすごい相談には乗ってもらいましたね。(同期に助けられた)自分が苦労していたというのは4年生みんなが理解してくれていて、その分サポートに回ってくれたメンバーもすごい一生懸命やってくれたし、結果で齊藤、水野、竹村(春樹内野手・政経4=浦和学院)、河野(祐斗内野手・文4=鳴門)、宮ア(新内野手・文4=履正社)、もこうして頑張ってくれたのでよかったのかなと思います。

――客観視してどういったキャプテンでしたか
一人で背負いすぎて何でもやっちゃう部分が、だめだったとは思わないですが、そこが周りをもっと上手く巻き込んで上手くやれていたら、始めからそういうふうにできていたら、今もいい方向には向かってきてはいるけど、もっともっと先に進めたかなと思いますね。始めは幹部もなかなか決まらない状況でしたし、何でも一人でやっていかないといけない状況ではあったんですが、やっぱりちょっと自分自身でやりすぎちゃったなと思うところはありました。

――善波達也監督の指導力
本当に日本一だと思います。ここまで徹底的に人間力を育てるという意味では、本当に監督自身もほんとうに辛いですし、大変だと思いますが、いっさい手を抜くことはなく、厳しくしてくれる、徹底的に鍛え上げてくれる、やっぱりすごいと思います。(秋に強い明治)監督の指導ももちろんですが、苦しい練習を乗り越えてきているので、最後はここまでやってきたんだからっていう集大成でそういう気持ちが、積み上げてきたものが、周りの大学よりも多い分、最後の最後で力は発揮できるんだなと実感しました。今回は僅差で負けましたけど、こうやって毎年競り合えるというのはそういう部分じゃないかなと思いますね。

――中野主将にとっての人間力野球とは
幅が広いから、一つ挙げるといっても難しいですね(笑)。でも言えるのは「当たり前のことを本当に当たり前のようにできること」です。挨拶一つにしても、相手にしっかり心が伝わるように挨拶したり、受け答えでも話しやすいな、気持ちがいいなって思ってもらったりだとか、そういう当たり前のことを当たり前に、当たり前のレベルを上げるっていうのが人間力であると思います。あとは自分だけじゃなくて、色んなことに気を配れて、周りを見渡せるというのも人間力だと思うし、先読みして何が起こりうるという可能性、先のことを読んで行動するのも人間力だと思うし、そういうのを総合的に見てって感じですかね。例えば普段の生活で予報が雨だったら寝ながら「朝起きて雨降ってたら水抜きできないけど、雨止んでたら朝の体操からみんなで整備してグラウンドとか描いたほうがいいのかな〜」とか寝ながら考えるんですよ、夢の中で(笑)。練習メニューをこういう状況だから前後をずらしてみたり、そういうことを自然と考えるようになりましたよね。野球に限らず、色んなところで先を見たり、気配りしたりっていうには本当に身に付きました。

――あらためて4年間を振り返って
六大学に憧れていた部分があって、その中でも明治は島岡監督から続く、人間力野球、気合い、泥臭い野球というのは自分にぴったりだと思っていたので、自分には明治しかないなって、高校の始めからずっと思っていて、それが明治を選ぶきっかけになったかなと思います。

――刺激を受けた選手はどなたでしたか
入学してまず憧れたのは糸原さん(健斗選手・平27営卒・現阪神タイガース)。あの姿にはすごいなと圧倒されました。同じポジションでしたし、色んな話もさせてもらって。あとは坂本誠志郎さん。誠志郎さんがキャプテンになってから、自分に色々話してくれて「下級生はお前に任せたぞ」みたいなことを言ってくださって、柳さんも試合終わって一番すぐに「キャプテンお疲れさま!」って連絡入れてくださって……たくさんいますね(笑)。そういった人たちにも優勝の報告をしたかったんですけどね、主将としてこうやって頑張ってきました、優勝できましたって、ちょっと言えないのが残念です。

――支えになった存在は
両親は一番の心の支えになりました。親にすごい負担をかけながら大学に入れてもらって、ユニホームを着ている姿を見せたいという思いは一番強かったので、そういう気持ちが毎日の努力だったり、野球を頑張ろうという源にもなっていたと思います。始めはプロ野球選手になりたいという思いはありましたし、でも実力的にも無理だなと思う時期があって、そしたら今までやってきた分、高みを目指してプレーして、結果残して、ユニホーム姿を見せて、それが親に対する恩返しかなと思って、第一に頑張りました。

――負けず嫌い
本当に自分は負けず嫌いなので、誰にも負けたくなくて、何がで絶対に勝ちたいというのはずっとありました。やっぱり実力では勝てないところがあったので、そしたら野球以外のところで勝ってやろう、そこで自分のできることを最大限にやろうっていうのは常に自分には言い聞かせていました。

――転機は主将になったことでしたか
そうですね、監督から主将を言い渡されたことです。正直自分になって驚く人ってすごい多かったと思うんですよ、自分自身もまとめたい気持ちとかはあるけど、やっぱり実力がある人じゃなきゃ発言力がなかったり、なかなか難しい部分がある中でキャプテンに選んでもらえたということが大きかったです。それもただのチームじゃなくて、明治大学という伝統校で、色んな人が注目するようなチームで、こうやって主将に任命してくれたっていうのは本当に人生の転機だったかなって思います。(嬉しかったことも)本当はここで優勝って言いたかったんですけどね(笑)。でも一番うれしかったことは明治大学で頑張っている自分の姿を最後まで両親に見てもらえたことですね。試合は毎回見に来てくれていて、小さいころがお世話になってたくさん迷惑かけたし負担もかけたし、本当に心の底からありがとうと伝えたいです。ここからが本当に自分のスタートなので、本当の親孝行ができるように社会でももっともっと頑張りたいなと思います。

――思い出深い試合はありますか
神宮での初ヒットはやっぱり印象には残っています。終わってからそう思いましたけど、終わってみて初ヒットのボールを監督から受け取ってときは本当に嬉しかったです。(技術面での成長は)全体的にレベルアップはできたんじゃないかなと思います。もともと気持ちでやるようなプレースタイルがさらに磨かれたのかなと(笑)。叩き込まれたというよりはやっぱり周りのレベルが高いので、自然とプレーを見ながら学ぶってことはたくさんありました。本当に毎日練習漬けでした。

――想像以上の4年間
そうですね、予想以上だったと思います。まさか主将になるとは思っていなかったので、そういう意味ではこの明治大学にどうやって貢献できるかというのを考えると、自分の想像をはるかに超えるくらいチームに貢献できたと思います。高校は副将でそこでも主将はやりたかったんですけど、なれなくて。実は卒業する時に高校はスポーツ推薦クラスで3年間担任も副担任もクラスメイトも全く変わらなくて、最後に一人一人が前に出ていろいろ言うって時に自分はみんなに「明治大学では絶対に主将になる」って宣言していて、これは自分以外は覚えてないと思いますが(笑)、ちゃんと宣言通りにやったぞというのは入学前に自分には言ってあげたいなと思います(笑)。言霊ってあるなって思いました(笑)。

――学生野球のよさは
チーム全体で戦うところだと思います。プロは個人個人でもちろんチームプレーも大事ですが、やっぱり個人的に「あいつだめもういいよ」となったら捨てられちゃう世界で。でも学生野球はそういうわけにもいかなくて、やっぱり120人、全員が同じ方向を向いて、ルールだとか、生活だとか、守りながらともにしていくのが学生野球のいいところでもあり、大変なところでもあり、よさかなと思います。そういう意味で団結力だとか、プロにはないようなつながりというのはありますよね。

――明治のよさ
人間的にも厳しく育ててもらえるところなのかなと思います。人間力を重きに置いて鍛え上げてくれるというのはやっぱりすごい他の大学にはない素晴らしいことですし、明治大学にこれて良かったなと今でも思っています。

――善波監督に伝えたいことは
自分の手で胴上げできないのがすごい残念です。自分らも悔しいですが、監督も相当悔しいと思いますし、申し訳ないなと思いがすごいあります。でも本当に厳しさは愛情の裏返しですし、本当にスキなく育ててもらって、これ以上ない愛情を特に自分なんかは注いでもらって、成長ものすごくできたと思うし、こんないい経験をさせてもらって感謝しかないです。その恩返しをやっぱり胴上げでしたかったので、そこが悔いというか心残りです。「俺がお前のことを本当にとことん鍛えてやるよ」と言ってくれていたので、本当に第2の親父って感じですね。(善波監督じゃなかったら)まず自分は主将をやってないと思います。本当に何もかも善波監督のおかげだなと思います。(今後)卒業生としての責務ではないですが、明治の看板を背負って社会に出るわけですし、社会に出て「ああやっぱり明治大学の野球部は素晴らしいねって、善波さんの指導は素晴らしいね」と言ってもらえるような行動をとっていきたいなと思います。

――後輩たちに
本当に今年の4年生を見て良くも悪くもいろんなことを学んだと思います。良いものは引き継いで、悪いことは変えて、改善してもっとよくしてもらって、そうして来年優勝してもらえれば、自分らの負けはあいつらにとってはプラスになると思うので、そういった意味では自分らのこういった負けを無駄にしてほしくないというか、これを糧にやってほしいです。プレーもそうですが、明治大学の重要視しているのは人間力なので、本当の意味での人間力を一人一人が理解してやってほしいと思いますね。

――同期
去年や一昨年のキャプテンに比べたら力もなく、劣るキャプテンだったとは思います。それでも最後までこうして、自分についてきてくれて、本当にありがとうと伝えたいですし、これから先も長い付き合いにはなると思うので、いつかこういう苦労話だとか、色んな話を笑い話に変えて集まりたいなと思います(笑)。

――最後にこれまで応援してくれた方、これからも応援してくれるファンの方へメッセージをお願いします
今年はまず春に連覇がかかっている状況で5位という結果になって、本当にその悔しい中、いろんな方に支えられて、親も含めて、恩師の方、ファンの方、OBの方々の支えがあったから最後までこうやってやり抜くことができました。そういう方たちのためにも優勝という報告がしたかったんですけど、それができなかったのが一番情けないです。それでも最後まで声をかけてくれて応援してくれて、申し訳なかったですが、最後までやり抜くことができたのは間違いなく応援してくださった皆さんのおかげです。心の底からありがとうということを伝えたいです。あとは後輩たちがこの分を必ず晴らしてくれると思います。来年からも本当に今年以上に熱い応援をお願いします。

――ありがとうございました

 ◆中野速人 (なかの・はやと) 法4 桐光学園高 164cm・72kg 内野手 右投左打


中野 今季・通算成績
試合打数安打二塁打三塁打本塁打打点盗塁犠打四死球打率
今季
.000
通算
13
13
.154





[土屋あいり]


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