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監督不在の時はチームを指揮した


CHANCE MAKE  4年生特集(6)チームを支える第二の指揮官 間宮誠  

 全身全霊で挑む。リーグ戦9位と、2部降格の危機を経験した今季。激動の秋を終え、迎えるは11月21日から行われる全日本学生選手権だ。目標は優勝。重ねた敗戦を糧に、下克上を果たしたい。今回は大学最後の集大成としてインカレに臨む4年生たちを特集する。
 チームの頭脳だ。間宮誠(国際4=京北)は学生コーチとしてチームを支えてきた。普段の練習の仕切りや、山本健一監督のサポート役として奔走。リーグ戦では山本監督不在時に4試合を代理で指揮を執った。最後のインカレもスタッフとして、チームの勝利に貢献する。(この取材は11月17日に行われたものです)

――インカレまであとわずかですが、チームの状況はいかがですか
「入替戦が終わって、リーグ戦からずっと続いてきたので3日間オフを取って、月曜から体を戻してやっていこうということで取り組んできました。1回オフを挟んだのでいきなり上がっていく感じではないですけど、初戦に向けて徐々にコンディションが整ってきているかなと思います」

――インカレの組み合わせの印象は
「本当に“関西”っていうブロックに入って、最初が天理で多分次は関西学院になると思います。2校とも留学生がいますし、その次で当たるであろう専修もフィリップがいるので、そういう意味では留学生がいた江戸川と入替戦をできたのは大きかったなと思います」

――それはラッキー、アンラッキーどう捉えていますか
「どっちでもないという感じですかね。天理も強いので油断できないですし、一戦一戦大切に戦っていかなきゃなという感じですね」

――改めてリーグ戦を振り返ると、いかがでしょうか
「長かったですね。最初はいいゲームしても勝てないというのが続いていたんですけど、入替戦も含めて21試合を通して、段々まとまりのあるチームになってきたという気がします。入替戦があって、4年生は試合に出ているのは會田(圭佑・法4=市立柏)と田中井(紘章主将・政経4=山形南)ですけど、人それぞれ最上級生としての自覚が出てきてチームを引っ張っていってくれた感じがありました。下級生も入替戦を経験して、自分が何をすべきかというチーム内での役割を、よりしっかり考えられるようになったと思います」

――今年1年で大変だった時期はありましたか
「やっぱり8連敗の時はきつかったですね。いいゲームをしても負けが続いて、選手の中にもやってきたことが合っていたのかという不安とか、コーチへの信頼とか、勝てないとどうしてもチームがネガティブな方に向かってしまった。慶應にやっと勝って、そこから勝てるようになってようやく立て直せたなという感じでした」

――チームの転機は
「初めて勝った慶應ですね。今も時々話すんですけど、あれがなかったらどうなっていたんだろうねと。連勝はできなかったですけど、健一さんもいない中で良く勝てたなと思います。あとは入替戦ですね。いい財産になったと思います」

――慶大戦の話が出ましたが、改めて監督代行として指揮を執る経験はどうでしたか
「あの状況で指揮を執ったので、こんな経験まずできないという思いが一個あって、それからいつもは学生コーチという立場でいるので試合のプランをメインで考えるのは健一さん(山本監督)なんですけど、あの拓大までの4試合は選手と話し合いながらプランも自分が考えさせてもらいました。選手もコーチがいない分今まで以上に自分たちでやらなくちゃという意識を持ってくれていたと思うし、自分も健一さんの代わりになれるように、しかも同じ考え方を持ってやろうということは心掛けていたので、本当にいい経験になりました」

――話は変わりますがバスケを始めたきっかけは
「小2で始めたんですけど、小学校にバスケのクラブチームがあって、バスケットって珍しいなと思っていたら親に勧められて始めました。ミニバスとは違って、地域の子たちが集まるクラブチームみたいなところですね」



――中学から名門の京北中ですが強いところでやりたかったんですか
「というよりは、小学校の先輩が京北に行っていて、その人が京北面白いよと誘ってくれました。当時の自分はバスケットを全然知らなくて、京北が強いかどうかも分からない状態で入りました(笑)だから最初は周りがめちゃめちゃうますぎて驚きました」

――京北に入って一番驚いたことは
「入学して最初に見た文京区の地区大会ですね。当時全国準優勝した代で、本当に強すぎて(笑)バスケットって普通往復して攻めて守ってだと思うんですけど、ずっと攻めて攻めてでボールが自陣にこないみたいな。それを目の当たりにして、どんだけ強いんだっていうのが衝撃的でした」

――中高での思い出は
「中学では自分の代で全中を優勝できたことですね。いい経験になりました。高校では京北中から上がったのが僕一人で他の子はみんな色んな学校に行っちゃって、その中で新しいチームをつくっていったり、1年からマネジャーみたいな仕事もやらせてもらって、インターハイもウィンターカップも一番は決められないくらい、特別な経験ができたなと思っています」

――ウィンターカップでもマネジャー登録をされていたと思いますが、裏方に回ったのはいつ頃だったんですか
「中2の時に1個上のマネジャーをやっていた先輩が辞めちゃって、その仕事を誰がやるのってなった時に、僕が立候補して選手をやりながらだったんですけど、そういう仕事もするようになりました。その先輩の仕事をけっこう手伝っていて、マネジャーの仕事を魅力的には感じていました」

――高校のマネジャーはどんな仕事をされましたか
「お金の管理だったり、大会行くときのホテルの手配だったり、マネジャーっぽい仕事もしましたし、今みたいにコーチがいない時に練習を見たりもしました。あとはコーチの言っていることを選手にうまく伝える、仲介してサポートするみたいなことをやっていました」

――やっぱりそういったことは性に合っていると感じますか
「どうですかね(笑)バスケットのコーチって変わった人が多いんですよ。京北高の田渡先生もそうだし、去年もですけど、僕らが1、2年生の時にいた塚本(清彦氏・現法大ヘッドコート)さんもけっこう変わっているというか。バスケットに対してすごく熱い人なので、そういった部分で選手が理解していないとことかは、第三者として見て、こういうことが言いたいんじゃないのとか言うように心掛けていましたね。多分性格的には合っているだと思います。だからこの前、健一さんの代行として自分がメインでやらせてもらった時は、逆に難しかったです。今までは誰かコーチがいてそれをサポートする立場だったので、もっと厳しく言わなくちゃ駄目なのかなとか考えさせられる時間でした」

――明大に進学した理由を教えてください
「塚本さんが高校1年生の時から声を掛けてくれました。明治のバスケットは何回か見たことがあったんですけど、もっと知りたいなというのもあったので決めました。プレーヤーとしてかどうかはグレーゾーンだったんですけど(笑)入ってからはいきなり新人戦で出させてもらったりして、色んな面でバスケットを勉強できたかなと思います」

――進学してきて、塚本元HCから学んだことは
「本当に多くのことを学びました。今明治にいる部員の人から見ても、入学した時の僕と今の僕は全然違うと思うんですよ。多分嫌な部分も増えたと思うし。明治に入って1年目でバスケットの考え方が変わって、今プロで活躍している選手たちがどういうふうに練習に取り組んでいるだとか、正直バスケットの考え方を持っていなくて、特にディフェンス面は勉強になりました。ディフェンスメインで指導をされていたので」

――新しいバスケットの考え方とは
「練習で言ったら、すごいミーティングをするんですよ。一個一個の練習とかプレーに関して『何でこれをやっているのか』とか、『駄目』ということも絶対にはっきり言う人で、細かいところまでそれを徹底するので、将来コーチになりたい自分にとっては、こういう指導もあるのかというのがまず1つです。あと、今の明治はどっちかと言うと走るチームですけど、1年の時はディフェンスからハーフコートバスケをしっかりやるチームで、ロースコアの展開でもゲームをコントロールすれば勝ちに近づけるんだなということは新鮮でした」

――ハーフコートバスケは難しいですか
「だいぶ難しいですね。塚本さんの時はオフェンス指導もあったんですけど基本的にはディフェンスで、チェンジングとか複雑なディフェンスをやっていて、僕が1年のインカレの時はそれが機能して、当時すごく強かった青学をロースコアで倒したり、決勝の東海も負けちゃったんですけど最後まで粘ったり、ディフェンスの力はすごいんだということを感じました。ただマンツーマンだけじゃなくて、色んなディフェンスを駆使して相手が混乱状態になるみたいな。1年だったんで分からない部分もありましたけど、ここまでできるのかっていう嬉しさと驚きがありました」



――塚本元HCの指導を長く受けた選手も減ってきましたが
「移り変わりの部分で、去年はコーチが2回変わって、今年は健一さんが1年やってくれて、学年によって持っている考え方が違うなというのは思います。今の2年生はコーチが変わって、変わって、選手主体でっていうのを見てきて、一方で4年生は一応2年間塚本さんのもとでやって、3年生は1年間でどうしても差がある。そういった意味でもチームがまとまるのは難しいんだなということは感じました。でも僕が思っているのは、塚本さんのバスケが絶対ではなくて、色々なコーチがいる中で、新しいコーチが来たらそのコーチのバスケットをみんなで追及してやっていくのがいいんじゃないかなと思います。ただやっぱり4年が分かっていることは多いと思うので、塚本さんから学んだりした必要なことは下級生に教えていくということが、今後の明治の土台をつくっていくためにも大切になるのかなと思います」

――学生コーチに本格的に専念したのはいつからですか
「正式には大学3年からですね。もともと3年くらいになったら学生コーチでやりたいというのはありました。コーチが長谷川さん(聖児元HC)になって、一緒に頑張ろうみたいな感じでした」

――春先には休部になりましたね
「コーチとも色々ありましたけど、僕が未熟だった部分がありました。今となると休部しない方が良かったとまでは思わないですけど、自分の考え方が今より幼稚で、その時いたコーチとどううまくコミュニケーションを取るのかということを考えられていたら違ったのかなと思います。ただ、休部している間にコーチのライセンスを取ったり、色々な練習を見て勉強したりできたのでそれは良かったなと思っています」

――ライセンス取得はどれくらい難しいんですか
「僕が持っているのがC級なんですけど、それはそんなに難しくないです。講習会に通ったり、試験を受けたりしてもらう感じですね」

――練習見学とは
「三菱とかプロのチーム行かせてもらったり、京北にも行きました。三菱は塚本さんとかを経由してお願いして、1週間とか。本当に試合のシーズン中だったんですけど、月曜から金曜まで見て、どういうプランで土日の試合をやるかというところまで見させてもらいました。本当にプロでしたね。一人一人の意識が全然違うし、試合に向けた一週間の過ごし方がプロでした。あとアメリカにも行きました。練習とかはあんまり見れていないんですけど、向こうの大学生をメインで見て、自分と同じ学年の人たちがどういう取り組みをしているのかとか。すごかったですね。半端じゃなかったです。海外行くのは初めてでした」

――中身の濃い期間を過ごしていたんですね
「ポジティブに言えば本当に休部していたからこそ過ごせる1年になりました。でもなんか去年は、自分としては本当に悔しくて、明治なのに一員じゃないみたいな。本当に悩む時期もあったんですけど、だからこそ無駄にしちゃいけないなと思えました。だから『来年戻って取り返す』というのが今年の僕のモットーだったので、そのために頑張りました」

――練習の仕切りもされていますが、意識的に還元したいなと思っていたりすることはありますか
「自分が学んできたことで明治の選手に還元できるものがあれば、それは何でもやりたいですし、逆にみんなも去年1年苦しんだ部分があって、それを僕もみんなから聞かないといけないとは思っていました。特にバスケットの面では本当に色々勉強できたので、みんなと話しながらチームにいいものをもたらせたらなとは常に意識してきました」

――初歩的な質問になりますが、今間宮さんがしている仕事はどのようなことですか
「事務的なことはマネジャーがやってくれるので、今やっているのは健一さんと、こういうプランで練習をやろうとか、試合はこういうメンバー、プランでやろうとかを話して、練習もスカウティングとかを生かしながらという感じでやっています。そのスカウティングも今年は力を入れていて、僕が毎回パソコンで切って、毎回オフェンスだけ、ディフェンスだけ、この選手だけとか切って動画を流しているんですけど。それも三菱で勉強しました。こういうのがあるんだよって教えてくれて、それを真似してやっている感じです。編集ソフトは高いんですけど買っちゃいました。20万くらいです(笑)でも一生使えるので、コーチやるならそれもいいかなと」



――動画をつくるのにはどれくらい時間が掛かるんですか
「1試合を見るのが大体1時間くらいで、細かくやるとそこから1時間半くらい掛かります。リーグ戦の時は相手だけじゃなくて、自分たちも見なくちゃいけないんでね。傾向とか見るためには何試合も見なくちゃいけないんで、それをやっていると1日終わりますね(笑)」

――成果は感じていますか
「動画を切ってデータ化して終わりじゃなくて、それを選手に伝えなきゃいけない。選手もこういうのは初めてだと思うし、そこをうまくやるのが自分の役割だと思うし、うまくはいってないと思うので、完璧には。後はこのチームでいえばみんなでビデオを見るということは大事なことだと思っていて、今のプレーは駄目だったとか指摘し合わないと、良くなっていかないんじゃないかと思います」

――インカレに戻りますが、関西2校との戦いはやっぱり留学生の攻略がカギですか
「次の天理の留学生も、関東でも通用するくらいのレベルの高さなのでリバウンドとかも全員で意識しないといけないなと、宮本(滉希・政経3=明成)、今川(友哲・営2=大阪桐蔭)だけじゃ駄目なんで、盛滿(拓郎・法3=京北)とかみんなで40分間戦うっていう意識がだいじなんじゃないかなと思います(重点)天理がやっているオフェンスパターンを考えて1対1をやったりとか、部分、部分で天理対策を入れている感じですね」

――勝ち上がるとおそらく専修との対戦がありますが、リーグ戦で2敗してどういう見方をしていますか
「1試合目と2試合目でだいぶ違って、1試合目ではゾーンを使って、相手の得点が止まる時間とかもあった。2試合目は逆に全部マンツーでいって、そこの違いでこっちが情報として得られたものもあったし、あとは軸がフィリップなので、そこをどう止めるかということで考えていることはあります」

――山本監督と選手のつなぎ役の難しさはありますか
「今年感じたのは、塚本さんからの教えでスタッフはスタッフで選手寄りになってはいけないという考えが確立していて。一方で選手の意見を全部シャットするのも良くないので、そのバランスが難しかったですね。特に8連敗中は選手がうわーってなっていたので、どういうふうに健一さんの考え方を伝えるかとか、選手が試合の時に感じていることを健一さんにどう伝えるかとか、割り合いが難しかったです。選手からもいろいろ言われることもありましたしね」

――今はなじんできましたか
「負けていた時と違って勝ち方が分かってきました。多分こういうパターンで勝てるんだ明治はっていうのがみんなの中に出てきたと思うんで、自然と練習は良くなってきていると思います。ただもっと質を高めていかないと、ヤバいと思ってから良くなるんじゃなくて、いい時でももっと上を目指した練習をしないといけないと思います」

――先ほどからしばしばコーチというワードが出てきていますが、将来の夢は
「プロのコーチです。本当はプロを見たくて、よくを言えばバスケの本場はアメリカなので、そういうところでコーチをしてみたいという気持ちはあります。ただそれは先の話で、ステップアップするために、どういうカテゴリーで見るのかということはまだ考えてないです。今も週に1回小学校でスクールのコーチをやらせてもらっていて、それも面白いですし、こうやって大学生みたいに色んなトッププレーヤーが集まる育成のカテゴリーも面白いですし、色々なところを見て勉強したいです」

――4年生はどんな存在ですか
「多分僕らの学年は真面目でおとなしいですね。下の学年がキャラが濃いというのはあるんですけど、バスケに真面目に向き合ってきたのかなと。みんなで集まってとかはそんなにないですけど、一番思い出に残っているのはなんだろう(笑)4年になってまた環境変わって、チームのルールを決めたりして、チームを引っ張ってくれたのは印象的ですね」

――最後にインカレへの意気込みをお願いします
「僕らの集大成になる大会なので、1つでも多く勝ちます。目指すのは優勝なので、上級生も下級生も一つになって、明治旋風を吹かせられたらなと思います」

――ありがとうございました

◆間宮誠 まみや・まこと 国際4 京北高出 大学3年から学生コーチ

[尾藤泰平]

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