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明大スポーツ  明大スポーツ新聞の沿革



「明大スポーツ新聞」は、現在明治大学において唯一の学生新聞媒体です。
2008年には56周年を迎えるその部史は、常に明治大学の体育会とともにありました。
ここでは明大スポーツ新聞部の沿革、近年の状況についてご紹介します。

▲前進となる「駿台スポーツ」創刊号<br clear=all>1953年7月1日発行
▲前進となる「駿台スポーツ」創刊号
1953年7月1日発行

明治のスポーツとともに、半世紀――

1953年 創部

「駿台スポーツ」として創刊
初代編集長:石井義郎

全学連運動の盛り上がりを受け、体育会の言論機関として創部
現存する学生スポーツ新聞部としては最も古い

1957年 明治大学体育会誌発行開始

体育会各部の公式記録を保存する会誌の編集・発行を開始
現在まで半世紀以上に渡って体育会の記録をつむいできた

1964年 東京オリンピック開催

明大からは45名の選手が出場
オリンピック特集を掲載

この期間の「明大スポーツ新聞」

 ▲第257号 ラグビー部 幾度となく紙面に登場した故・北島監督 1992年春発行 ▲第81号 東京五輪特集 東京五輪開幕を伝える本紙 1964年発行 ▲第3号 硬式野球部 11年ぶり、戦後初のリーグ戦優勝 1953年秋発行
▲第257号 ラグビー部 幾度となく紙面に登場した故・北島監督 1992年春発行▲第81号 東京五輪特集 東京五輪開幕を伝える本紙 1964年発行▲第3号 硬式野球部 11年ぶり、戦後初のリーグ戦優勝 1953年秋発行
▲第268号 ラグビー部 後に日本代表最多キャップを取ることになる元木 1993年発行▲第179号 硬式野球部 明大創設100周年の節目に優勝 1980年発行▲第206号 山岳部 マッキンレー登頂中、消息を絶った植村直己氏を捜索に向かった明大隊 1984年4月7日発行
▲第268号 ラグビー部 後に日本代表最多キャップを取ることになる元木 1993年発行▲第179号 硬式野球部 明大創設100周年の節目に優勝 1980年発行▲第206号 山岳部 マッキンレー登頂中、消息を絶った植村直己氏を捜索に向かった明大隊 1984年4月7日発行


▲50周年記念号
▲50周年記念号 2003年11月23日発行

2003年 創部50周年

創部以来半世紀、331号、2000ページ超の紙面を作成

50周年式典には現役・OB400人、山田雄一学長(当時)らが出席

これを契機にOB会(明和会)の再編や、組織変更の検討、紙面刷新への挑戦など次の50年へ向け新たな一歩を歩みだした

2004年 組織変更へ準備開始

より責任、影響力のある新聞を目指し、また大学内外に対し確固たる意見を発信していくため、組織の変更を検討し始める

2008年現在 組織変更・継続検討中

体育会本部の機関紙というかたちから外れる方向で検討中。
体育会の話題にとらわれず、ひろく明大生に訴えかけ、明治大学の活字の応援団として柔軟な新聞作成を目指す
▲第351号 特別企画 低迷続くこの10年 巻き起こせ明治維新  2006年1月23日発行▲入学式号外 入学式に即日発行の号外を初めて作成 2006年4月7日発行▲第365号 特別企画 明大スローガン「個を強くする」を考える 2007年9月20日発行



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